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最初から全部決まってたのかもしれない



ある人にとっては重い話です

10月3日は亡き「紅のお父さん」の誕生日でした

彼がなくなったのは東北大地震の近くですので1年と半年位経ちました

彼がなくなってから僕は何が変わったのかとか考えてたんですが、そこら辺は省略します

事の発端は僕と紅のお父さんが所属していたSAでの最初のクラン

En^Dad_Hnadの意味を考えてる時でした

学校でドイツ語を勉強してるのでその時違和感を感じました

あれ?これってドイツ語じゃね?

その時クランアジトのページを見てたんですけど

En^Dad_Hnad

クラン設立の日を見てびっくりしました

まさか

紅のお父さんの誕生日と全く一緒とは思いもしませんでした

かなり焦りましたね

で、En^Dad_Hnadの意味を調べたらなんと「お父さんの手」だったんですね

ここまで来て、はじめから全部決まってたのかもしれないって思いました

こんな馬鹿な話があっていいんですかね



なんかよくわからないんですけど何か意味がある気がして記事にしました

できれば、紅のお父さんが生きてる間にこのことに気づいて、教えて上げたかったです

コレをたまたま見た僕の昔の友だちは、紅のお父さんを知ってるあなたの友達に教えてあげてください
なんでお父さんの手なんでしょうね・・・考えてわかるものでもないですね



最近寝る時とかにやたら死について考えてしまいます

彼を思い出すからではないです

単純にもう人生の1/4が過ぎてしまいこのまま年老いて死んでしまうのではないかっていう恐怖ですね

今思えばあと3/4何事もなければ生きていけるって考えてる自分は幸せなんですね 彼は1/4で終わってしまっているわけですし

そもそも何故死ぬが怖いかと言われると死んだことがないからですね

死んでみないと死んだあとなんかわかりません だから怖いです

しかし、この1件で死んだあとの楽しみができました

死後は、このEn^Dad_Hnad事件を彼に教えてあげたいですね

更新終わり
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